受講生の作品

こころの筋肉痛

金澤文衛
総合コース専門コース大学院コース
1期生(2015年度)
性別:男性

第2回東京作家大学修了制作最優秀作品

「あれれ? たけしさんでねえですか?」
後(うしろ)から声がした。
 山田武は地元の病院から自衛隊中央病院に回され、診察検査を受けてきた。処方箋をもらうため待合室に座っていた。
 振り向くと、高橋浩のばあちゃんだ。
 ザラリと砂を噛む感触が口の中を走り、頭中に赤い砂嵐が吹き上がった。
「あっ、浩のばっちゃ、どこが悪(えぐ)ねのが?」
「うんだ、体じゅう悪(えぐ)ねどこだらけだ。浩の時は、ずいぶん難儀(なんぎ)かけだなや」
「なんもだ……。一周忌すぎだな、おれも頭(あだま)が悪(えぐ)ねくてな、アフリカから戻ってからずっと悪(えぐ)ねな」
 武は自衛隊青森第九師団の「駆けつけ警護」の隊員として、浩と一緒の部隊で南スーダンに出発した。
 浩が「駆けつけ警護」の初めての犠牲者として遺骨になって帰国した。日本中を騒がせた大事件だった。厚生労働省の発表によれば浩は日本人ただ一人の原因不明な熱病の感染者として国民に報告された。
 一年前になった。
 武は、PKO活動中に母親が脳出血で危篤になり緊急帰国したが、母の一命はとりとめた。しかし、武は頭が割れるように痛んだり、血まみれの黒人少年兵が浮んだり、精神的に異常でウツ状態が続いている。
 精神科の医者に念を押された。
 「PTSDに間違いない」と。PTSDとは心的外傷後ストレス障害といって、強烈なショック体験がこころのダメージとなって、精神に異常が出る病気だと説明された。
 武は医者にアフリカでの体験について、聞かれるままに語った。
 俺は昼間でも夢に魘(うなさ)されているんです。黒人の少年兵が血だらけで転がって瞠(みは)ってるんです。生き残るため俺が殺したんです。
 俺は「駆けつけ警護」の仕事で、茶色の砂嵐が吹き荒れてる街の中を、国連のジープに先導されて、大型トラックに食料などの支援物資を積んで走ってました。助手席には同僚の浩がいました。津軽出身の同い年で気が合いました。突然、近くで爆撃音が聞こえて、安全確認の先遣隊から「危険だ、撤退しろ!」の緊急指令が入りました。でも、その時は手遅れで、目の前の国連ジープは爆破され、武装ゲリラによってトラックも止められました。五人位のゲリラは少年兵で、すぐ荷台へ食料をぶん取りに群がって行きました。俺と浩はスキを見て、砂漠の中へ隠れ場所を探して逃げました。〝ゲリラに捕まれば殺される〟しか頭になく、俺は一人でトタン屋根の民家に飛び込みました。ガランとした空家(あきや)で土間の隅のドラム缶に隠れました。いきなり入口がバタンと開き、銃口が見えたので体を沈めました。荒い呼吸が近づいて来ました。俺はサバイバルナイフを抜いて土壇場に備えました。頭上に銃身が見え、充血した眼が俺の視線と衝突した一瞬、俺は飛び上がり、黒い首筋の頸動脈にナイフを突き刺し、一気に下に引き裂きました。目の前に真赤な鮮血が噴出し、ビューッと天井まで飛び散りました。少年兵の恐怖が貼りついた顔が歪み、全身が崩れていきました。赤いマフラーをした黒い顔の少年でした。
 静かでした。
 砂を踏む足音が近づき、英語を耳にし国連軍とわかり〝助かった〟と思ったら気を失ってしまいました。

 医者はここまで武の話を聞いて、「充分に時間をかけて治療してゆくことだ。よく効くクスリを出しておくよ。ここは平和な日本だから安心していいよ」と言う。グループセラピーも勧めた。患者同士が体験を披露して「心の疵(きず)」を癒すのだという。しかし武は、「医者にも語れない事実」を抱(かか)えてる。

 俺は気がついたら野戦病院のベットに寝ていた。体は無傷(むきず)だ。赤十字の日本人看護師に、浩のことを聞いたが、何にも答えてくれなかった。
 隊長が来た。「大変だったな……」
「高橋浩は熱病にかかって、別の病院にいる。感染する風土病だから、誰も会えない。何とか、生かして帰国させたいけどな……」
 俺はもう正気に戻っていた。

 〝何? 浩は熱病だって?俺と浩は二人で逃げてたんだよ〟 心で叫んだ。
 隊長は俺の顔を睨(にら)み〝何も言うな〟と目で合図している。その態度に従った。
 隊長の後(うしろ)から、次々とゲリラ少年兵達がタンカで運ばれて来た。銃弾をうけて、頭や胴から血を流し、うめき声をあげている。俺のトラックを襲った奴等だ。〝あれっ?赤いマフラーの少年兵がいない〟でも、すぐに気づいた。死体だから別の場所に運ばれたのだ。
 そうか状況が見えてきた。俺と浩が逃げた後(あと)、国連の援軍が来て、ゲリラは負傷した。赤いマフラーの少年は俺を追って来たのでなく、俺の隠れ場に逃げてハチ合わせして、俺に殺されたのだ。
 自衛隊は、アフリカの安全な場所での人道支援に行くのだといったが、ここは生きるか死ぬかの戦場だ。俺たちは戦場に送られてきたんだ。浩は熱病なんかじゃない。
 〝浩は少年兵に殺されたんだ!〟
 俺は浩のこの世の最後の叫びを聞いた。浩は別のテントに逃げて、少年兵に見つかり、銃で撃たれる時、絶叫した。
「かあさん、ばあちゃん、死にたくねえ~」
砂漠の風がその叫びを俺の耳に届けた。少年兵は、浩を撃って俺の所へ逃げて来た。
俺は奴を仕留めてやった。浩の仇を討った。ここは戦場だ。俺は殺人罪ではない!
それが真実だ。誰にも知られてならない事実だ。医者にだって話してない。
俺は退院して、寄宿舎でなくジュバの空港に行った。母親が倒れたから日本へ帰れという。自衛隊機が待っていた。隊長は浩のことは誰にも言うな。幹部が家族に伝えるから、お前は黙ってろ。お前の母親は自衛隊が助けるからな、と浩のことは口留めされた。
戦争放棄の日本で、戦死した自衛隊員がいたら、平和憲法などぶっ飛んでしまう大事件だ。「浩は『駆けつけ警護』でゲリラ兵に殺された」「俺は少年兵を殺した自衛隊員だ」と、国民にぶちまけたら、総理大臣も防衛大臣も内閣解散の大騒動になる。
俺は「真実の隠蔽」が重荷すぎて震えがとまらなかった。
自衛隊病院の特別室におふくろは入院していた。
「たけし、自衛隊から助けてもらった。おめのおかげだ。ありがど、ありがど、おらぁええ息子もった」涙流して俺の手を握った。
 おふくろのその姿を見て、生きて帰って来てよかったと思った。看護師が教えてくれた。
「お母さんは、青森の自宅で、脳出血になり、一刻を争うため村に自衛隊ヘリが入って運んでくれたから助かったのだ。息子が海外にPKOで出てるから、緊急人命救助で動いてくれた。あんたは親孝行だね。」
 第九師団に戻ったら、隊長から「名誉退職」の辞令を渡され、「誰にも会わずに自衛隊をやめてゆけ」と言われた。

 あっ、また赤い砂塵が出てきた。赤いマフラーの少年兵が瞠(みは)ってる。浩の絶叫する顔が重なる。砂煙で見えなくなる、自分の顔が見えてくる。両手で自分の口を塞いでいる。頭が割れるように痛い。

 武は医者に勧められたグループ治療に参加している。
 大地震の津波で家族をさらわれた女性がいる。フクシマの原発事故で家畜を失った酪農家もいる。ストーカー被害の女性もいる。体験を語り合って心の負担を軽くしている。
 武はいつも途中までしか語れない、順番が来て立ち上り、アフリカで少年兵の話をするとフラッシュバックが出て、話は先に進まない。口を噤(つぐ)んでしまい涙が流れ嗚咽(おえつ)にかわる。
 六年前の大地震で、家族三人が津波でさらわれ、一人だけ生き残った宮城の佐々木朋子に「娘に会いに一緒に行きましょう」と武は誘われた。石巻駅でタクシーに乗り、朋子はは「南浜まで」と告げると、運転手は「慰霊塔ですね」と出発した。
 「一ケ月前、不明者の遺品が見つかりましてね」と運転手は二人が常連客のように言う。
 朋子は灰色の防波堤に向かってつぶやく。
 「夫と娘はまだ、この海の中に居るんです」
 浜からは全く海が見えない。
 高い灰色の壁だけがどこまでも続き、鉛色の曇り空に溶け合っていた。
 朋子の横顔が武に囁いてくる。
 〝あなたは、こころの筋肉痛ですよ。
 時がたてば、強いこころに戻ります。
 疲れているだけですよ。だいじょうぶ、だいじょうぶ……〟

作品種類
雑誌掲載作品
修了制作 最優秀賞受賞作品
作品ジャンル
小説
   

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