日本放送作家協会主催 作家養成スクール
群青色の手袋の片方は、まだ雪の残る日陰の茂みの裏に落ちていた。思った通りだった。
お日様みたいな子がいるの。あたし到底叶わない――そう言ったら、じいちゃんは「そうか」と、いつものようにおしゃれに切ったみかんをコップに差してくれた。じいちゃんのは、かっこいい名前の透明なお酒。あたしのはソーダ。夜にお酒を作るお店を出しているじいちゃんは、家ではやらない。けど日だまりの縁側であたしにだけこうしてくれる。
病弱な弟に付きっきりのお母さんと、仕事ばかりのお父さん。だからあたしがご飯を作ったり掃除したり。いい子でいるふりをして実はいい子じゃない。あいつもこいつもどうせ、と皆の欠点探しばかりしている。自分だけが曲がったイヤな子だと思いたくない。それ自体が相当曲がってるってわかってる。
例えば、幼馴染みの悟は道草好きで野良猫に餌をやったり蟻の穴をほじくったりするのを知っている。いつか告げ口してやろうと思ってた。愛美は、悟がなくした手袋を一緒に探してあげると真っ先に言うようなキラキラした子だ。あたしにはできない。ただ悟が何か落とすならあの辺りだと見当がついた。
「お前、枝にでもかぶせてきたな?」
コップのソーダが、たぷんと波打った。
「どうしてわかるの?」
「じいちゃんのカクテルグラスには映るのさ。お前は優しいってな」
「曲がってるよ、あたし」
じいちゃんは目を細めた。
「蜃気楼って知ってるか?」
「幻のこと?」
「違うな。実在するものが、光の屈折で少し変わって見えるだけさ。ほら、じいちゃんのグラス越しだと、残雪も椿も細長く伸びる」
「……お酒って、そういう魔法があるの?」
「フフフ。お前の『曲がってる』は、同じ魔法さ。人と違うことが見える。粋じゃないか」
次の日、悟は家の前にでっかい雪だるまがいた、と興奮ぎみに自慢していた。その片手はなくした手袋を着けた枝で、もう片手にはみかんの差さったコップが掛かっていたという。あたしはちょっぴり笑ってやった。(了)
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