受講生の作品

温泉酒月

小玉朝子
専門コース
3期生(2017年度)
性別:女性

月刊「たる」2019年12月号47話

「ガセに決まってんだろ。バカだろ、お前」

細いけもの道しかない山道を歩き続けて、疲れもたまっていた俺は、悪態をついた。

「それでも確かめたいって言ったら、つきあうって言ったバカは、おまえだろーが」

悪態に悪態が返ってきた。しかも間違っていない。おかげでこんな目に合っている。

酒の勢いは本当に怖い。重くなるいっぽうの足を、何とか前に出しつつ、俺は心の中で自分に悪態をつき続けた。やめときゃよかった。

発端は、呑家・百薬って店での常連同士の与太話だ。地元ではハイキングに最適とかで、人気のある低山のこと。そのどこかに秘密の温泉が湧いているという。つかれば不治の病が治るとか、ありがちで陳腐なおまけつき。

くだらないが、酔っぱらいたちの肴にはちょうどよく、思いのほか盛り上がった。

結果、探しに行こうぜと相成ったのだ。ふたを開ければ、こいつと俺の二人だけ。せめて女の子の一人でもいればな。うんざりだ。

「おい、いい加減帰ろうぜ。日も暮れるし。山はあぶねーんだよ。ふもとの銭湯行こうぜ」

はるか前を歩いていたはずの奴の背中が、目の前にあってぶつかりそうになった。

「なんだよ、急に」「見ろよ」

奴の指さす方を見ると、白い霧のようなものが見える。嘘だろ。まさか、湯気か?

こんこんと湯が沸いている泉に、こわごわと手を突っ込んでみる。温度を確かめた俺たちは、無言で服を脱いだ。ぷはーっ。

湯につかってこれを言うとストレス物質がより減るとか、どうでもいいうんちくを冗舌に語るくらい、俺は上機嫌だった。奴もうれしそうだ。

気づけば、薄闇に白い猫爪月が浮かぶ。奴は黒い盃を取り出すと、温泉をひとすくい。そこに月を映した。風流なのは結構だが、下山しないと遭難する。そう声をかけようとしたら、「飲めよ」と盃をこちらに押しつけるので、仕方なく口にした。酒、だった。

朝まで飲んだ。山から戻った記憶はない。

それから奴に会うことはなく、皆、奴を知らないと言った。百薬の店のマスターだけが、「新しい盃ができたら、また来ますよ」と、訳知り顔で呟いて黒い盃に酒を注いだ。

作品種類
ラジオ放送作
雑誌掲載作品
修了制作 最優秀賞受賞作品
作品ジャンル
ラジオドラマ
ショートストーリー
小説
エッセイ
   

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