日本放送作家協会主催 作家養成スクール
石段は右足重心で上る。
四十一、四十二、四十三……
四十段を過ぎたあたりから曖昧なカウントになり、息を切らして上りきった後、
「年越えちゃったね。四十八段だっけ?」
「不正解。今年で四十五だよ」
と、わざと年齢を言い間違える彼を責めるのも、毎年の事だった。
初詣は節分にすると決めている。境内で古札を焚き上げる行事があるからだ。
「今日からがほんとうの新年だよ」
彼は古札を納めて一礼し、晴れやかな笑顔でそう言った。
火入れまで、甘酒を飲みながら待つ時間。
「やっぱり甘酒は酒粕だね」と、鍋から汲み上げたばかりの甘酒を熱そうに啜り、
「これが麹の甘酒だったらがっかりだよな」
そう満足そうに言うのも毎年の事だ。
「甘酒は特別だったな。特別な日に大人がこっそり飲ませてくれた禁断の味。なんか背徳感があって、格別だった。
「背徳感?」
私は、彼の背徳感に少しだけ笑う。
白い狩布を纏った神主が、火入れの長を持って現れた。乾いた杉の葉に火が放たれ、墓標のような古札の山が勢いよく燃え始める。彼が隣で、そっと目を閉じた。
叶わなかった願いも、些細な幸福も、皆同じ火に焼かれ、形を失っていく。
「さっき、何をお願いしたの?」
彼の横顔に聞いてみた。
「お願いじゃなくて、お礼だよ」
私は欲深いのだろうか。どうぞこのまま、今年もずっと一緒にいられますようにと、墓標が灰になるまで祈り続ける。
赤々と燃え続ける炎が焼くのは背徳感だろうか、甘い酒が喉にこびりついて、一緒に焼かれていくように、熱い。
四十二、四十三、四十四……。
右足重心で下りながら数える石段の数は、今年もやはり曖昧だった。最後の1段で立ち止まり、二人で勢いをつけジャンプした。
たったそれだけの新しい年が始まった。
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