日本放送作家協会主催 作家養成スクール
「私、お酒は飲めないんです」
そう言われた瞬間、私はてっきりお断りされたものと思った。しかし彼女は何気ない調子で続けたのである。
「だから『軽く一杯』なんて言わずに、晩ご飯に行きませんか?」
慌てて私はぶんぶんと首を縦に振る。ネットで調べた「お洒落なバー」の情報はめでたくもお蔵入りとなったのであった。
「飲めないって全くダメなのかい?」
「うーん、子供の頃からお酒が入ったお菓子とか苦手だったんですよね。だから飲もうと思ったことすらなくて」
「なんだかもったいないなあ。味覚って大人になると変わると聞くし、試してみたら案外おいしいかもしれないよ」
「よく言われます」
彼女がにっこり微笑んで、私は少々申し訳ない気分になる。だから――
それはまるで意趣返しのようだった。
目の前にはコーヒーのカップが二つ、いつの間にか――おそらくは食後のデザートと共に――彼女が頼んでいたものだ。
「どうかされました?」
「……」
実は、私はコーヒーが飲めない。
それはもう子供の頃に「ものすごく苦い」と刷り込まれてしまっていて、どうしようもないのだ。
「そうなんですか? ごめんなさい」
言いつつも彼女はブラックのまま平然とカップを傾けて、こちらを情けない気持ちにさせる。
「でも……ねえ、味覚って変わるものなんですよね?」
「え?」
見れば彼女は不敵な笑みを浮かべていた。
「あなたがそのコーヒーを飲んだなら、私も『お洒落なバー』とやらに行ってみようと思います」
「……なるほど」
私は頷いて、白いカップを手に取った。そしてそれをゆっくりと口元へ運んでいく――
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