日本放送作家協会主催 作家養成スクール
どこか、ドラッグストアに行って下さい」
タクシードライバー生活最後の夜に、こう言って最後の客が乗って来たんだよ。
どんな客かって? まだ20代の若いボウヤだったよ。酔ってたね。ありゃ相当飲んでた。下手に客に関わって、暴れられたら最悪だろ? とりあえず「吐くなよ」って祈りながら、言う通りに知ってるドラッグストアを回ったよ、10軒くらい。
それでも探してる物が見つからなかったみたいでさ。大丈夫かな? と思ってルームミラーを見たら、スース―寝息たててやがんの。まいったよ。1時間くらいコンビニの駐車場で休憩してたら、やっと起きたから、思い切って事情を訊ねたんだよ。そしたら、
「睡眠薬を探してたんです」と来たよ。
なんでも、学生時代からずっと付き合ってきた彼女にフラれて、アパートでやけ酒をかっくらってる内に、衝動的に自殺したくなったんだとよ。たまげたね。
他にも方法があるのに、なんで睡眠薬なのかって? まったくだよ。何でも最初はバスタオルで首を吊ろうとしたら、バスタオルが全部臭くて気持ち悪くなって止めたらしい。ガスは爆発したら迷惑がかかる。飛び降りや飛び込みは、死体がグチャグチャになるから嫌で、消去法で残ったのが睡眠薬だったってわけよ。呆れたね。
俺は40年のドライバー生活で、初めて客に怒ったよ。こっちは今日限りで、大好きな仕事を辞めて、息子夫婦の厄介になる窮屈な生活が待ってるってのに、まだ何でもできる若僧が死にたいなんて、許せないよ。
「お客さん、あんたが生きてる今日ってのは、誰かが生きたかった明日なんだよ」
そう言ったら、ボウヤ、泣いてたよ。お天道様も見てたのかな? ボウヤのアパートまで送ってやったら、丁度朝陽がボウヤの顔を照らしてさ、憑物が取れたみたいにすっきりした顔だったよ。
いやあ、すっかりビール御馳走になっちゃったね。新しい街で知り合いもいないから、この店来て良かったよ。
また、寄せてもらいます。 (終)
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