日本放送作家協会主催 作家養成スクール
小さなショコラ専門店は町外れにあって、冬の間だけ営業していた。おいしいと評判で、店にはいつも長い行列ができている。
買出しを頼まれた私たちが働く店は呑家・百薬という。バレンタインの時期、常連客にチョコレートを渡すのだそうだ。今どき、義理チョコもないだろうが、マスターはいいショコラティエを見つけたと満足げな笑顔でお使いを頼んできたので、私はよかったですねと、愛想笑いを浮かべるよりなかった。
「ボンボンショコラってさ、酒入ってるやつとは違うの?」
女の私一人では大変だろうと、荷物持ちに駆り出されたのは、バイトの中でも古参のバーテンダーだ。私は答える。
「ボンボンって一口サイズの砂糖菓子のこと全体を言うんですよ。だからお酒が入っているのは、ウィスキーボンボンですね」
「なるほど。さすがに詳しいな」
嫌味かと思ったがそんなことを言う人でもない。言い返すのはやめて、並んでいる行列の先頭を伺うが、はるか彼方でため息が出た。
「お待たせいたしました」
扉を開けるとふわりと甘い香り。店主でショコラティエの女性は愛想よく感じがいい。
カウンターとレジしかない店内だ。商品もボンボンショコラのみで、詰め合わせの個数が選べるだけ。あらかじめ予約をしておいたことを伝える。大きな紙袋が三つ。渡される時に、手が触れた。その温かさに私は驚く。
「手、温かいんですね」「あら、あなたも」
「ショコラティエ、向いてないですよね?」
口をついた私の言葉には棘があった。一瞬、戸惑いを見せたあと、彼女は微笑んだ。
「ショコラを作るのは、すごく好きなの」
店に戻ると、マスターがお酒を並べながら目を輝かせて言った。
「早く試しましょう」
私たちは試食と称し、どのお酒とショコラの相性がいいか、かなりの数を食べて飲んだ。
私は定番の甘いポートワインが気に入って飲みすぎた。マスターが妙なことを言った。
「やる気あるならデザートはお任せしますよ」
酔っ払って私は何をしゃべったのだろう?
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